◆過去分◆


2002年4月28日

企業調査・・・機密漏洩者を暴く No1

2002年1月6日

空白の2時間 最終章

2002年11月26日

空白の2時間 NO.4

2002年11月5日

空白の2時間 NO.3

2002年10月11日

空白の2時間 NO.2

2002年9月24日

空白の2時間 NO.1

2002年9月10日

20年ぶりの再会を求めて・・(最終章)

2002年9月2日

20年ぶりの再会を求めて・・・NO,2

2002年8月20日

20年ぶりの再会を求めて・・・

2002年8月10日

おはじめに、、、

 





 

企業調査・・・機密漏洩者を暴く No1




某外資系企業幹部より依頼があった。

依頼の内容は「当社が手がける建設工事に関わる機密情報が、

工事を担当する下請会社に流出している。

情報漏洩者を特定したい」というものであった。

その建設工事は施工開始されたばかりの第一段階であり、

その段階においての機密情報の漏洩は、手痛い打撃となりえる。

調査依頼を一見した際には「長期にわたる困難な案件」という

印象であった。しかし依頼者側企業は、独自の調査により

漏洩情報を受けている建設会社をほぼ特定しており、これを

大きな手がかりとして調査をすすめることにする。

その建設会社や工事現場を外側から調べたところで、

内部情報の漏洩者を特定することはできない。

調査はおのずと、潜入調査を主体とするものとなる。

・潜入手段・経路の確保から始まり、工事現場への潜入。

・内部情報の収集し、プロジェクトに携わる一員への接近工作。

・漏洩した機密情報を知りえる人物をピックアップ。

・それらの人物の詳細な身辺調査、及び、行動調査。

・更なる内部情報の収集....。

企業の相関状況、個人情報、人間関係に至るまで徹底的な

調査を行い、建設会社幹部と癒着する人物を探索する。

しかし、努力も虚しく該当する人物は発見されなかった。

関係する人物は、すべて忠実にプロジェクトに携わっており、

誰一人として情報漏洩を行っている気配はない。

調査は袋小路へ追い込まれつつあった。

 

 

 

 

空白の2時間  最終章

社内に潜入した調査員が見たものは、

一人で黙々と作業の片付けをするF男の姿であった。

他の従業員が帰った後の勤務時間外に、

一人黙々と作業の片付けや清掃をする為に会社に

残っているという事なのだ。

当然、確認の為、残りの3日も調査したが、F男の行動に

変化はなかった。今となって考えると、容易に

「空白の2時間」

を解明出来た訳であるが、浮気の証拠を押さえて

ナンボの仕事をしている我々にとっては、どうも釈然と

しない結果になってしまった。

しかし真実は真実であり、我々に出来る事と言えば、

「空白の2時間」

のF男の行動を証明する事である。


F男の姿をしっかりとビデオに収め、後日、私は

D子さん(依頼者)と会った。全てを映像に押さえている為、

調査の正確性は理解してもらえるが、このような結果報告を

気持ちよく受けてくれるか疑問であった。


ところがビデオを見終えたD子さんは、

「やはりうちの主人は、他の男とは違って立派な人なんです」

「このビデオは宝物にします。それからこれ、お支払いします。

お受け取り下さい」

そう言って、浮気の証拠が撮れた場合のみに支払う事を約束

していた成功報酬金を机に置き、立ち去った。

調査によって写し出される対象者というものは、日常では

見られない表情をしているものである。

当然、撮影されている事を意識していない為であるが、

しかし、その映像の中で懸命に仕事する姿を捕らえていれば、

依頼者の心を打つ事もある。

浮気の事実だけを報告する事が我々の仕事ではなく

様々な真実を報告するのが我々の仕事であるという事、

また時にはそれが生み出す大きな何かを見つけた調査であった。


終わり

 

 

 

 

空白の2時間  NO,4

私達は、綿密に打ち合わせを行い、翌日の調査に備えた。

次回からは調査員を増員し、監視態勢を強化する事とした。

通常では考え難い空間においても監視の目を光らせ、

会社から一歩たりとも外に出た場合は確実に確認出来る

態勢を取る。

そして調査2日目の夕刻、再びF男の勤務先周辺で

張り込みを開始した。午後5時を過ぎ、従業員が続々と

帰宅し始める。しかし依然としてF男が姿を見せる事はない。

F男の車も駐車場に止められている状態である。

昨日と全く同様の展開だ。

そして午後6時を過ぎた為、様子を伺うべく調査員が

人気(ひとけ)のない社内に潜入した。

(もちろん合法的な手段で)

そしてその調査員が社内で見たものは・・・

 

 

 

 

空白の2時間  NO,3

張り込み中の車内に午後7時の時報が鳴り響いた。

依然としてF男が勤務先より姿を見せる事はない。

調査員が様々な詮索を始めたその頃、人気(ひとけ)の

ない社内に人影が確認された。その影は玄関付近にまで達した。

F男である。人気(ひとけ)のない社内で、一体、

何をしていたのか不思議であるが、とりあえずは調査員一同が

対象者の確認が出来た事による安堵感を抱いた。

F男は勤務先玄関の施錠をし、駐車場内の自身の車に乗り込んだ。

時刻は午後7時15分である。

車を発進させたF男は、いわゆる誘惑スポット付近で

速度を落とす事もなく、また何処かで寄り道する事もなく

自宅に帰宅した。時刻は午後7時50分。

依頼者の情報にあった時間とほぼ同じである。

対象者の帰宅にて調査終了と定められていた為、

私達は自分達の事務所に戻った。

調査は無事終了したのだが何か腑に落ちない。

また依頼者も、このままの結果報告では納得しないだろう。

私は翌日からの調査方法について調査員を集め、

作戦会議を行うことにした。

 

 

 

 

空白の2時間  NO,2

D子さんからの依頼を受け,私達は夫であるF男が勤める会社に

向かい、終業時刻の午後5時を待った。

 

この会社からF男の自宅までには、数箇所のいわゆる誘惑スポット

がある。特定の女性との交際はなくとも、こういった風俗遊びに

浸っている男性も多く、その部分は正確に予備調査(下見)を施した。

 

午後5時を過ぎ、次々と仕事を終えた社員が出て来る。

私達は、慎重に社員一人一人の顔を確認する。

 

F男は自動車通勤であるが、車を会社に置いたまま

徒歩や同僚の車、もしくは女の車で出掛ける可能性もあるからだ。

片時も出入り口から目を離す事は許されない。

 

30分が経過し、退社する社員の数がまばらになってきたが、

依然としてF男の姿は確認出来ない。

F男の車も駐車場に止められたままである。

その後1時間が経過し、社内から出て来る人間がいなくなった。

しかし未だにF男は出て来ない。

見逃したか?・・・いやそんなはずはない。

自信を持ってそう断言出来る。

 

出入り口は監視しているこの1箇所だけである。

しかし社内に人が残っているようには見えない。

いよいよ午後7時になろうとしていた。

 

駐車場には営業車数台とF男の車が駐車されたままである。

私達は首をかしげた。

 

 

 

空白の2時間  NO,1

探偵業務の中で最も依頼が多い「浮気調査」。

女性から依頼の場合、女の勘とでも言うのだろうか、

およそ9割は浮気の事実が発覚する。

しかし私達はあくまでも事実を報告しているだけで、

いつもいつも人間の醜い部分ばかりを捉えている訳ではない。

 

今からおよそ2年前、私の前に現れた依頼者のD子さん、

相談内容は夫の浮気についてであった。

D子さんの話によると、夫は定時が5時終業の仕事 に就いていた。

「残業は、ほとんどないはず」とD子さんは語る。

 

社宅で生活しており、周囲の同僚達は 6時頃に帰宅する姿を

いつも見ている。

しかしD子さんの夫は決まって8時頃に帰宅するという。

通勤手段は自家用車で所要時間は30分程度。

また当然の事ではあるが、酒を飲んで車を運転する事は、

一切しない人である為、帰りに「ちょっと1杯」に立ち寄って

いるのも考え難い。

話を聞いている限り、D子さんにいわゆる「思い込み」の

症状が見られる訳でもなく、確かに終業後の

空白の2時間は疑問である。

私達は1週間の契約で調査を開始した・・・・・(つづく)

 

 

20年ぶりの再会を求めて・・・(最終章)

朝一番の飛行機で私はT子さんの父親が待つ

老人ホームに向かった。

しかし老人ホームに到着した私を待っていたのは、

T子さんの父親ではなく、悲報だった。

受付の女性は私にこう言った。

「〇〇さんは、1ヶ月程前に体調不良で病院へ運ばれまして・・・

その後、残念ながら1日の朝に亡くなられました・・・

昨日、妹さん宅で葬儀も無事に終わりました・・・」

この瞬間の事は思い出したくもない・・・

正直どういう気持ちになったのかもよく覚えていない。

しかしT子さんは、私からの報告を冷静に受け止めた。

現地に駆けつけたT子さんと共に私は、妹さん宅を訪れた。

老人ホームから連絡があった事もあり、

妹さんはすぐに私達を仏前に案内してくれた。

そこで私達はある物を見て驚かされる・・・

仏前には生まれた当時のT子さん

と思われる写真が置かれていた。

その写真は、T子さんの父親が

ずっと大事にしていたものだという。

妹さんは私達に、T子さんの父親の話を聞かせてくれた。

どうやらT子さんの母親は20年前、当時の不倫相手(現在

の夫)の子を身ごもり、その子がT子さんだったらしい。

要するにT子さんの本当の父親は
※1

現在養子縁組をしている父親という事になる。

そんな事実を知りながらも、T子さんの父親は

T子さんを異常なほど想い続けていたという。
"
"

そしてT子さんの父親は、T子さんにあるメッセージを残していた。

それはT子さんの父親が、亡くなる数日前に記したものだという。

(T子さんから提供いただいた手紙のコピー)

冷静さを装っていたT子さんであったが、

その手紙を読み出してからは、何かが壊れたように号泣した。

しばらくして妹さんはこう言った。

「兄は何だか不思議な人でした。でもそれが魅力でした。

兄は『こんな手紙を書いてもT子には届かないのは分かっている』

と言ってましたが・・・それが1週間も経たない内にあなたが現れ

るなんて・・・兄がずっと想い続けていただけの事はありますね」

そう言って妹さんは、T子さんに父親の「形見」を渡した。

私はT子さんと共に大阪への帰路についた。飛行機の中で

T子さんは何度も父親の書いた手紙を読んでいた。

「たとえ血がつながっていなくても、私の父親は一人だけです」

T子さんは最後にそう言い切って手紙を直した。

数週間後、T子さんからの電話がなった。

亡き父親から受け取った「お小遣い」で海外旅行に行くとの事。

若干20歳のT子さんは間違いなく大きく成長していた。

※1 民法772条 〔嫡出推定〕 妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する。

 

 

20年ぶりの再会を求めて・・・ NO,2


私がT子さんの父親を探す旅に出てから3日目の朝を迎えた。

世間は待ちに待ったゴールデンウィークに突入したが、

私は一睡もせずに走り回っていた。

仕事だからという義務感ではなく、T子さんの父親を

一日でも早く探し出したいという感情が自分を動かしていた。

そしてその日の午後、私は遂にT子さんの父親が2ヶ月前まで

入院していた病院を突き止めた。

それは今いる現場からは、400キロ以上も離れた地であった。

私はすぐに飛行機の手配をした。旅行客で一杯のこの時期に、

航空券を入手出来た事に関しても運が味方してくれている気がした。

にわかに沸いてくる喜び、期待、そして不安・・・

行方調査の中でも、金銭トラブルに関わりのない対象者を

探す調査は、比較的容易なものであるが、 これほどまでに

自分自身で結果を急いだ調査はなかった。調査は予想通り

順調に進み、病院の手がかりから、T子さんの父親が現在住む

「老人ホーム」 が判明した。私が調査に出てから3日目の夜だった。

後は裏を取るだけ・・・気がついた時、私はT子さんに

「翌日中に見つかるよ !」なんていう電話を入れていた。

「いつでも行ける準備はしてあります!」そう答えたT子さんの声には、

明ら かに希望が生まれていた。

その「老人ホーム」に出向くには再び空路を利用する必要があったが

そんな事はうれしい悲鳴にしか過ぎなかった。

少しでも早く現地に飛びたい!朝一番の便に空席はあるのか?

まるで遠足前夜の小学生のような気分で、私は空港に一番近い

ホテルで宿泊することにした。 その夜、3日間の疲れや、

もうすぐ結果がでるという安心感から私はすぐに眠 りについた。

夢の中では、T子さんと父親が感動の再会をしているシーン!

その横で笑顔で見守る自分・・・

T子さんに笑顔で話しかける自分!・・・

・・・今から考えると随分と呑気な夢だった。妄想にしか過ぎなかった。

待ち受けてる厳しい現実など知るよしもなく・・・

次回は「20年ぶりの再開を求めて」・・・感動のフィナーレへ・・・

 

 

 

 

20年ぶりの再会を求めて・・・


調査も場数を踏むと幾度となく感動的な現場に遭遇する。

今回の第一回「探偵ドキュメント」の事例もその一つである。

昨年、ゴールデンウイーク前の週末、私は一本の電話を受けた。

幼さを含んだ若い女性の声で「お父さんを探してほしいのです!」

と今にも泣きそうに語りかけてきた。

この女性(T子)は私にその事情を話し始めた。

T子さんが物心ついた頃には「両親二人と共に生活する幸せな

家庭に育っていた」と言う。何不自由なく育てられていたが、

T子さんが小学校に入学した頃、妹が生まれた。 妹の誕生により

父の態度は明らかに妹寄りに変化した。しかし父の態度にも我慢

の限界を超える事はなく、 T子さんは順調に育ち20歳になり、

友人と海外旅行に行く事になった。パスポート取得の為、役所に

出向いたT子さんは戸籍の父親の欄に全く知らない男性の名が

記されており、現在の父とは「養子縁組」の関係である事を知った。

その後、T子さんは母親を追及したが、母親は何一つ答えようとは

しなかった。12歳になった妹を名門中学校に入れると躍起になって

いる現在の父親、そして何一つとして過去を語らない母親を見るうちに、

T子さんの中で何かが動いた。

意を決してT子さんは海外旅行を取りやめ、実の父親探しに出向く

事になった。T子さんと接触した私は調査を開始。

まず、T子さんの生まれた地を訪れ、T子さんの了解を得た上で

聞き込みを実施した。すると予想もしない噂が流れて来た。

「T子さんの父親は母親よりも20歳ぐらい年上でT子さんが

生まれた時には50歳近かった。だからT子さんの事を

相当かわいがっていた」

「しかしT子さんの母親は、T子さんが生まれて半年程度で家を

飛び出した。 どうやら若い男が出来たらしい」

「T子さんの父親は病気がちで、出て行く妻を引き止める事も

出来ない状態だった。妻が家を出た後も入退院を繰り返していたが、

今から10年程前には引っ越しして、その後は分からない」

これらの情報を伝えた時、T子さんは、うつむいたまま顔をあげようと

しなかった。

そして「お父さんは生きてますかね?」と尋ねてきたT子さんの

表情からは、母親や現在の父親に対する怒りなどは一切無く、

「ただ、実の父親に逢いたい!」という切実な感情がよみとれた。

私は黙ってうなずき、すぐに父親を探す為に事務所を出た。

「生きていてくれよ」という願いを持って。

                             ・・・ つづく

 

 

おはじめに、、、

このコーナーは、ガルエージェンシーの調査精鋭部隊による調査に関わる手記です。お笑いは一切なしで精鋭部隊員が、調査により感じた事、得た事、感動した事、学んだ事、などを記していきます。(もちろん守秘義務は完全に遂行致しますので、多少フィクションを加える部分があります。)まさに「調査の調査による調査のためのコーナー」であります。

しかし如何に調査部門では、自信があり、抜群の報告書を作成する自信があってもホームページに関しては素人ですので、ご意見等は遠慮なく掲示板にでも書き込んでください。尚、調査精鋭部隊は多忙の為、毎日は更新できませんのでご了承下さい。


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ガルエージェンシー大阪第一

調査精鋭部隊 S.S